三十三才男日記

タイトル通りです。目指せ1日1更新。

リトルミスサンシャインの監督夫妻が作ったMV

先月YouTubeでまとめてリスト作ったの今さっき思い出したから時間のある人みてみて。

www.youtube.com

 

ジョナサン・デイトン&ヴァレリー・ファリス - Wikipedia

 

ぼくはとくにレッチリスマパンのやつがすきです。

機械翻訳の進展と英語の重要性

機械翻訳が活発になるにつれ国際基軸言語としての英語の地位はますます高まる

そんな気がしてきた

明確な根拠はない

ひとことでいうとカンだ

 

機械翻訳のめざましい発達につれて

翻訳家が英文を翻訳する機会が減りそうだ

機械によってそんな機会が減ってしまうだなんて困惑してしまう

 

ネットでは機械翻訳すごいから翻訳家とか必要なくなってくし英語勉強しなくてもよくなるかもね派と、いやいやそうでない派がたまに議論している

 

それはどうでもいいんだが、機械翻訳が進むとどんどん英文が翻訳されて便利だ

だけど翻訳されるのは英語の文献が多いのではないか

日→英の翻訳性能も向上しているのだろうか

需要から考えて英→日より進んではないのではないか

 

おそらく他の国の言語でも英語の文献からの翻訳機能の強化が一番進んでるのではないか

 

もしそうならばそれは英語の文献がやはり貴重な情報を多く含んでるからだろうか

だとしたら翻訳されればされるほど英語で発信された情報が広まり

逆に言えば英語で発信したら翻訳されやすいということにもならないだろうか

ならないか?

なるだろうか?

 

そうであるならば

翻訳機能の強化によって英語の国際言語の地位はますます向上するので

この言語の翻訳的な運用能力はともかく

直読直話、文章作成能力の必要性は高まるのではないか

 

と勘で思った。そして上記のように後付けで理屈をつけてみたものの、仮説が多く検証がすくない。

 

もしかしたら

英語の重要度合いはますます高まるのでは?

 

という逆張りでした。

 

 

報告:グミで歯の詰め物が取れました

前回のエントリから結構、月日がたちましたね。みなさん。こんにちは。

 

実はこの期間に、グミで歯の中の詰め物を持っていかれるという惨事がおこりました。グミを噛んでいると生きている実感がわくわー、などと思いながらグミを噛み続けていた幸福な日々に終止符が打たれました。

 

我が身の不運を嘆いてグミを憎まず。そうです。グミに罪はないのです。ですから、この場では私から左上真ん中あたりの歯の詰め物を奪ったグミのメーカーを公にすることは控えましょう。ヒントはクマの、、、、、。

 

閑話休題

 

歯科医院に行きました。面倒なのでいくまでしばらくぐずくずしてました。だるかった。歯医者で詰め物がとれた跡をみてもらうと、虫歯のせいとのことです。グミが主犯格ではなかったようです。さっそく型をとりました。その場しのぎの代わりの詰め物をはめてもらいました。でもなんか硬いものを噛むと痛むとです。

 

もうすぐ新しい詰め物を装着しに行きます。

グミが主犯格ではないものの、最後の止めはグミによるものです。グミを憎まず不運を憎めとはいえ、いちいち詰め物が外れるのは厄介です。詰め物と間に虫歯ができるのも厄介ですが。中にできたらどうしようもなくないですか?

 

さっさと総入れ歯になりたいとも思わないでもないですが、それはそれで不便で面倒なのかなー、ととかくこの世はうまくいかないものだなー。

 

次回予告:仕事探し回(予定)

報告:歯みがき粉をシュミテクトにしたら

ハリボーグミを噛んでも痛くなくなりました。

 

これは画期的なことです。

 

今までハリボーなどのグミを噛むと歯茎の痛覚が鬼のように非常に痛かったのですが、

 

シュミテクトで歯磨きをするようになってから、大部ましになったのです。

 

ようやく、おれの、「何かしらかたい歯応えのあるものを噛むとめちゃくちゃ歯茎のあたりが痛くなる現象」に悩む日々が終わりました。ようやくです。長く苦しい道のりでした。

 

ハリボーグミだけでなく他の歯応えのあるものにも挑戦したいですね。歯応え平気状態を謳歌したいです。

 

これもすべて、「噛むと歯が痛い」などのワードでGoogleで検索しヤフー!知恵袋などでベストアンサーをみてシュミテクトを購入したおかげです。いわば、インターネットパワーです。

 

インターネットってやっぱりすごい。

 

以上、三十三才が布団の上からお送りしました。

 

 

 

 

 

 

 

読書感想:『笑いのカイブツ』ツチヤタカユキ著

ツチヤタカユキさんの『笑いのカイブツ』を読みました。

以前からWeb連載で読んでいたのですが、

自伝のようであり私小説のようである作品です。

ツチヤさんはお笑いの世界で、

ケータイ大喜利、劇場つき作家見習い、ハガキ職人構成作家見習い、

と不遇な状況に身をおきながら挫折と成功を繰り返している方でした。

仕事上の才能と人間関係のしがらみという葛藤に激烈な自我でぶつかります。

本文中もあまりにも激烈な葛藤や社会や自らより恵まれた人々への敵意を赤裸々にぶつけてくるので

ドン引きしたりもするのですが、共感できる部分もあるので読むのがやめられません。

ツチヤさんほど極端な思考を持っていなくても誰しも共感できる部分があるところが

この本のいいところではあると思いました。

笑いという表現のためになみなみならぬインプットとアウトプットを繰り返した

ツチヤさんの文体や思考は研ぎ澄まされ、それでいて突き放されたように乾燥しており特異で狂気に満ちてますが魅力的でした。

笑いにかけたツチヤさんと、その特異な性格と狂気は

アウトサイダー・アーティストを思い起こさせます。

有名漫才師に認められたことでツチヤさんを取り巻く状況は、一定以上報われてきており、

さらにこの大手出版社による書籍化によって大きなひとつの花が咲いてるようにも思えます。

月並みですが、この本を読んで自分も狂気にとりつかれたような状態へと向かってみたいと思いました。

日曜日のかけそば一杯300円

駅近くの横丁にある、

厨房とその回りを囲むカウンター席だけの蕎麦屋にかけそばを食べにいった。
食べてる途中でおじさんが入店してきて、
ロングの缶ビールと揚げさんだけを注文し、
缶ビールをコップに注いで一口飲むと、
「ここで飲むビールが一番うまい」とカウンターごしにおばさんに向かって言っていた。
常連さんなんだろう。
しばらくすると、小皿のなかの五枚ほどあった揚げさんを一枚だけ残して缶ビールはほとんど残して、さっと出ていった。
厨房におばさんは二人いて、
一人は缶ビールの重いのを確認して「あら大分残して」みたようなことをいい、
もう一人は「いつもなのよ」といっていた。

 

そのおじさんが入店してから退店するまでの短い間に、別のおじさん客が、すでに何か一度食べ終わった後だったようだが、厨房のおばさんに、お持ち帰りなのかその場でまた食べるのかわからなかったが(最後まで見届けずに自身も退店したため)、口頭で天ぷらを何種類か注文しようとして数を伝えたり値段を聞いていたりして、おばさんも答えていたのだが、話の終わりには券売機でお願いしますと伝えていた。

そう言われておじさん(おじいさんと言ってもいい)は券売機に向かうのだった。

 

駅近くの横丁の蕎麦屋での一景であった。

 

(感想はとくになし。かけそばはうまかった。)

おれと一緒にアイスランドにいかないか

おれと一緒にアイスランドいかいか

アイスランド薄氷の上をおそるおそる歩こう

青い光しか反射しないアイスケイブ(氷の洞窟)の

なかで寝転がろう

アイスランドの寒さと美しさのただなかに行けば

おれらが今この地にいることで否応なく受け取ってしま

頭のなかの幾多のノイズはきれいさっぱりと消え失せちまうだろう

追記:防寒具を装備すれば、寒いのが嫌いなあなた大丈夫

身体は暖かく、頬には冷たい風があたる。それは心地よいだろう。