物置小屋

いろいろ置いてく。

【感想文】映画『シェーン』(1953年)

【ネタバレ注意】

名作映画『シェーン』を観ました。

前から見ようと思ってたけどなかなか見なかった、50年代の西部劇に分類される映画です。

西部劇といっても監督や作品によって多様だと思いますが、『シェーン』はいわゆる感動的な名画としてアメリカでも日本でもよく名前があがる作品です。

西部劇というジャンルはおそらく映画勃興期からわりと人気があって40年代50年代60年代あたりに隆盛を極め、いろいろなジャンル的な洗練や変革を経て70年代後半くらいには人気が収束していったたということです。

僕が生まれる前の人気映画ジャンルということもり、当然映画館でもテレビでもあまり頻繁に見ることはありませんでした。

しかし、映画史的には今の他ジャンルの作品にもその影響が色濃く重要だとかなんとか。

最近、自分が観た他の西部劇映画として、ジョン・フォード監督の『駅馬車』(1939)、マカロニ・ウェスタンの『夕陽のガンマン』(1965)『続・夕陽のガンマン』(1966)があります。

前者は評判どおり映画技法史上、重要な映画としてあげられる作品、という感じでした。内容的には西部の自然と人々の織り成す丁寧なドラマ、アクション要素という感じです。後者の二作品は、荒く乾いた無法地帯的な世界観で男たちが欲望のもと大金をめぐり策を巡らし裏切りや結託を繰り返しながら、ひたすら銃を撃ち合いまくる的などこか滑稽みもある大変面白い作品でした。

今回観た、『シェーン』は駅馬車のような作風をもとに近、さらに文芸的、ヒューマニスティックな色合いが強い作品でした。

『シェーン』を観ていて感じたのは、農耕牧畜的生活を送る人々の温かみのあるシーンと暴力で生命や財産が脅かされるシーンが交互に織り成されることによって、シンプルで力強い「緊張と緩和」の丁寧な進行が当時の映画として、十分に画面に惹きつけるものであったたことです。

『シェーン』の舞台となるおおまかな時代背景は、映画を見る限りでは、西部の開拓地において放牧で転々とするカウボーイが武力で土地を開拓していく時代が終わり、法と秩序とともに土地に定住して酪農的生活を営もうとする農家たちが現れはじめる時代の転機、といったものでした。

時代の転機と世代の交替ということを背景に善良な農業生活者たちと横暴なカウボーイの対立という構図をとって物語は進行します。

カウボーイの一味の首領である老いたライカーは、妻と息子と家族三人で暮らす酪農業を営むスターレットに土地を明け渡せと要求し、拒まれると嫌がらせを続けます。

土地の他の農業居住者の中からもカウボーイに脅され、嫌がらせを受けて去っていくものもでてきます。

そうした中で、流れ者のガンマンであるシェーンはスターレットの牧場と家にたまたま訪れ、スターレットの家に居候し、家業を手伝うことになります。なお、冒頭のシェーンが初めて訪れる場面で、スターレットの妻とシェーンがやたらと顔をみあわせるカットがあって、嫌な予感がしたのですが、この夫婦とシェーンの間に「三角関係」が成立し進行します。しかし、この三角関係の描写は非常に控えめで三人とも慎ましい態度で見ている側の好感度は高そうです。

また少年が名前を呼び戻ってきてと叫びながら、シェーンが去っていくのを見送るというあの有名なラストシーンでもおなじみの少年とも親交を深めていきます。少年は、大人の事情などは殆どあまり意に介せず、シェーンのガンマンとしての腕さばきや強さなどに関心を寄せ続けるなど素朴な少年というキャラクターを終始貫くという点が今見ると逆に印象深かったです。顔の造りも含めて表情の演技も素朴でわざとらしさを排した感じです。

こうしたスターレット一家とシェーンとその他の村落の人々の触れ合いのシーンは実に温かみがあり楽しそうでした。そうしたシーンと先ほどの悪のカウボーイ一味がスターレット一家やその他の農業民から奪おうと宿屋で策謀を練ったり、スターレットの家まで脅しにいったりする緊迫したシーンや、酒場での乱闘や銃での決闘のシーンなどがシンプルだが効果的な音響の変化とともに細かく交互に繰り返されていくところが、観るものをひきつけるという点で非常に巧みに感じられました。

イカー一味に抵抗するスターレットやシェーンはどちらも熱くカッコいい男たちです。

イカー一味との対立が緊迫感をもたらすのは、交渉の体裁をとり即時的な暴力的な対決でもなく、かといって法の執行人である保安官がすこし離れた地に存在していて何かがあっても即座に対応できないという舞台設定による事も大きい。また、かっての開拓時代のカウボーイたちの功績を持ち出し正当性を主張しようとするライカー一味と、牛を放牧させて転々とするだけではダメで定着して土地を肥やし畑作農業を営むことの重要性を主張するスターレットとの対立は、大げさに言えば「時代の変化」「世代の交代」という思想的対立も含ませているようです。しかし、対立はエスカレートし、ついに殺すか殺されるかというとこまで展開していきます。

シェーンはスターレット一家の元で周りから定住をするかのような期待をもたせますが、流れ者としての身、さらに一度得てしまったガンマンとしての烙印を消し去ることはできない、定住者の代わりにに悪党を始末し去っていくわけですが。

古い有名な名画ということもあり、最終的に解決されるべき問題は冒頭に提示されるということで結末は用意に予想できるわけですが、そこまでの出来事や人間ドラマなどは密度が高く的確で見ごたえのあるものでした。

『シェーン』一応みといてよかった、と思いました。

 

おしまい。